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タロウのバカのこと 大森立嗣

戦争が終わって25年後、1970年に僕は生まれた。 人類が月に到着して1年、三島由紀夫が割腹する2ヶ月前。 平和と豊かさを謳歌する時代、死の匂いがしない時代。影のない時代。 5歳で父親の暗黒舞踏を見た。死の匂いがしたから嫌だった。 中学で同級生が自殺した。高校で友達が病気で死んだ。昭和天皇が崩御した。 大地震と宗教集団のテロが起きた。ニューヨークでビルが折れるように壊れた。 また大地震、大津波、原子力発電所が爆発した。 資本主義は終わりに向かっている。 それでも経済を豊かにすることに躍起になっている。この中毒性。 大地震も死もわからないものだから、忘却か後回し。 すべてを意味で理解しようとする。それが戦後の日本の歴史。 社会は意味でできている。ビルもコンビニも会社も学校も政府も原発も法律も道徳も。 意味に当てはまらない人や物をどう見ていいのか僕たちはわからないし、怖い。 するとこんなことが起きる。相模原の障がい者施設で19人が殺された。犯人は障がい者に生きている意味がないと言った。生産性がないからだ。彼は障がい者に意味を見出そうとした。だができなかった。 世界で同時多発的に起きている移民問題や右傾化も同じなのだろう。ナチスは否定しているのに。

この映画の主人公はタロウという名前だ。「名前がない奴はタロウだ」といわれて以来、タロウと呼ばれている。タロウは学校に行ったことがない。社会のどこにも所属していない。 タロウに意味を見出せないから、わからないし、こわい。だいたい名前がないから誰だかわからない。 でも意味を見出せないものはいっぱいある。地震も大津波も台風も来る? その意味は?人が生まれてくることも死ぬこともわからない。誰も予め名前を持って生まれてこない。そして人間は生物だから、全員死ぬ。その意味は?  どんなに意味で周りを固めても、わからないものがある。わからないと、排除してはいけない。わからないこととは、自然界の命に触れることだから。 そして僕たちは生きていかなければならない。 『タロウのバカ』もそんな映画だ。

タロウの肌に触れてみる、死の感触がする。 ピストルは言う。道徳から解放しろ。法律も倫理も糞食らえだ、と。 タロウはこの社会のサクリファイスかもしれない。それでもいい。 世界の人々よ、タロウを見ろ。答えなんて求めないで。 なぜ生きる? なんで死ぬ? 答えなど求めるから頭がおかしくなる。 意味などないことを受け入れて、 生まれたことをただ肯定すればいい。 そこにいることを肯定すればいい。 ただ反応する。光を見て、動くものに気づく。 憎しみも喜びもない。感情なんていらない。 無垢な目で世界を見つめろ。 生きることは命をすり減らすことだ。 そして不安になったら祈れ。 祈りは動物になれない人間の唯一の救いだ。 だが世界はお前なんか見ていない。

生死は残酷で清らかだ。それだけがある。 感傷も郷愁も理屈も持ち込むな。 ただのガラス玉で見つめろ。何が見える?   夜を見る猛禽類の眼で見つめろ。何が見える?  だけど俺たちの眼は透き通らない。 それでもいい。何が見える? どこまでいっても動物になれない俺たち人間だけが見えるものがある。 何が見える? 愛だ、クソッ、愛だ。 ああ、人間だ。

 『まほろ駅前』シリーズ(11・14)、『セトウツミ』(16)の軽やかな作風で多くの映画ファンを魅了し、茶道にまつわる人気エッセイの映画化『日日是好日』(18)では幅広い世代の支持を集めて大ヒットを記録。そんな多彩にしてプロフェッショナルな仕事の充実ぶりが目覚ましい大森立嗣監督は、今まさに日本映画界で最も勢いのあるフィルムメーカーのひとりである。しかし、そのフィルモグラフィーにはゴツゴツとした異物のような作品が点在しており、ひとつの型には収まらない映画作家としての底知れない個性を強烈に印象づける。長編第1作『ゲルマニウムの夜』(05)から『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(10)、『ぼっちゃん』(13)、『さよなら渓谷』(13)、『光』(17)へと至る社会のアウトサイダーたちを描いた作品群である。

 長編11本目となる最新作『タロウのバカ』は、大森監督が『ゲルマニウムの夜』以前の1990年代に執筆したシナリオに基づいている。本来はデビュー作として構想していたそのオリジナル脚本に、現代にふさわしい変更をいくつか加え、とりわけ思い入れの深い物語の映画化を実現させた。社会のシステムからはみ出した3人の少年の純粋にして過激な生き様を描く本作は、上記のアウトサイダー映画の系譜に連なるが、実際に完成した作品は「映画とはこうでなくてはならない」という既成概念を打ち破る、破格の問題作に仕上がった。

 思春期のまっただ中を生きる主人公の少年タロウには名前がない。彼は「名前がない奴はタロウだ」という理由でそう呼ばれているだけで、戸籍すらなく、一度も学校に通ったことがない。そんな“何者でもない”存在であるタロウには、エージ、スギオという高校生の仲間がいる。大きな川が流れ、頭上を高速道路が走り、空虚なほどだだっ広い空き地や河川敷がある町を、3人はあてどなく走り回り、その奔放な日々に自由を感じている。しかし、偶然にも一丁の拳銃を手に入れたことをきっかけに、それまで目を背けていた過酷な現実に向き合うことを余儀なくされた彼らは、得体の知れない死の影に取り憑かれていく。やがてエージとスギオが身も心もボロボロに疲弊していくなか、誰にも愛されたことがなく、“好き”という言葉の意味さえ知らなかったタロウの内に未知なる感情が芽生え始める……。

 社会のルールや道徳を学んだことがなく、常に本能に駆り立てられるままに行動するタロウは、これまで大森監督が描いてきたアウトサイダーたちと比べても破天荒で常識破りのキャラクターだ。叫ぶことで感情を発露し、暴力や盗みを犯すことにも一切の躊躇がないその有り様は獰猛な野生動物のようであり、無垢な天使のようでもある。一方、高校生のエージ、スギオはそれぞれやるせない悩みを抱えているが、なぜかタロウとつるんでいるときは心を解き放たれる。大森監督はそんな理屈を超えた絆で結ばれた3人の行き先不明の疾走を、甘ったるい感傷を排した荒々しいカメラワークで捉え、はかなくも眩い“生”を映し出す。しかし、あまりにも危ういタロウらの行く手には深い闇が待ち受け、画面には息苦しいほどの“死”の匂いが立ちこめる。まさしくこれは生と死の狭間を駆け抜け、刹那的なきらめきを放つ異色の青春映画なのだ。

 そして全編が寓話のようでいて、フィクションであることを忘れさせるほどの生々しいリアリティーとスリルがみなぎる映像世界は、社会的な弱者の排除、育児放棄といった今の日本の理不尽な現実をも取り込んでいる。その虚ろに壊れゆく世界のどこに希望はあるのか。そんな根源的な問題提起を鋭くもダイナミックに突きつけてくる大森監督、渾身の一作である。

 作品の成否の分かれ目は、“何者でもない”主人公タロウになりきれるフレッシュな才能を見出すことだった。大森監督がその難役に抜擢したのは、本作が俳優デビュー作となる16歳のYOSHI。すでにOFF-WHITE、ヘルムート・ラングなどのファッション・アイコンとして脚光を浴びる一方、音楽界でのデビューも決定するなど、無限の可能性を秘めた若きアーティストが、野生の天使というべきタロウを全身で表現した。

 YOSHIと併走するふたりの高校生に扮するのは、縦横無尽に活躍する若き実力派俳優たちである。やるせない悩みを抱え暴力に走ってしまう少年エージを演じるのは、漫画を実写化した数多くの大ヒット作から、『ディストラクション・ベイビーズ』(16)、『あゝ、荒野』(17)といった野心作まで、ずば抜けた感性で幅広い役柄をこなす菅田将暉。大森監督とは『セトウツミ』に続くタッグとなる本作では、死の淵を覗き込んだ若者の彷徨を閃光のごとく体現し、これまでのキャリアで最も凶暴なキャラクターをやり遂げた。エージの親友で、理性的で臆病な少年スギオ役は、『南瓜とマヨネーズ』(17)、『来る』(18)、『町田くんの世界』(19)などの話題作への出演が相次ぐ仲野太賀。3人のうち最も観客の共感を誘うキャラクターでありながら、純粋すぎるがゆえにやり場のない鬱屈を内に溜め込み、暴走するその姿から目が離せない。プライベートでも親友同士である2人の本格的な共演も大きな見どころとなる。

 タロウたちと対峙する半グレ集団のリーダー吉岡役には、『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(12)、『友罪』(18)などの奥野瑛太。エージ、スギオと同じ高校に通う、援助交際を繰り返す洋子役には、『日日是好日』(18)、『ママレード・ボーイ』(18)の植田紗々がオーディションにて選ばれた。タロウを育児放棄している母親、恵子を演じるのは、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍する豊田エリー。そして、元ヤクザで吉岡と共に裏ビジネスを生業とする小田役には、『地獄でなぜ悪い』(13)、『哭声 コクソン』(17)などの日本映画の重鎮、國村隼が扮している。また、音楽の大友良英がインドの民族楽器シタールを導入したエンディングテーマ、その独特の音色も生と死の狭間をたゆたう感覚を創出している。

YOSHI

タロウYOSHI

PROFILE
YOSHIタロウ

2003年2月26日生まれ、東京都出身。香港人の父、日本人の母を持つ16歳。 13歳にして OFF-WHITE のデザイナー 兼 ルイ・ヴィトンのディレクター "VIRGIL ABLOH" に独自のファッションセンスを賞賛され、それをきっかけに有名ブラン ドのモデルやショーへ多数出演。また、「Forbes」が開催した次代を担う 30 歳 未満のイノベーターを表彰する「30 UNDER 30 JAPAN」にて、「The Arts」部門 でその 1 人に選出された。本作『タロウのバカ』で主演として俳優デビュー。 ファッションのみならず、自らアクリル絵具や油絵具を使ってのアート作品 の創作活動も行なっている。 5/15に1st Album「SEX IS LIFE」をリリースしてアーティストデビューを果たした。

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菅田将暉

エージ菅田将暉

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菅田将暉エージ

1993年2月21日生まれ、大阪府出身。2009年、ドラマ「仮面ライダーW」(EX)でデビュー。映画『共喰い』(13)、『そこのみにて光輝く』(14)などの演技で注目を浴び、『あゝ、荒野』(17)で第41回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。そのほか報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞、毎日映画コンクール、キネマ旬報ベスト・テンといった映画賞でも主演男優賞を総ナメにする。近年の主な映画出演作は『ディストラクション・ベイビーズ』(16)、『溺れるナイフ』(16)、『セトウツミ』(16)、『二重生活』(16)、『キセキ -あの日のソビト-』(17)、『帝一の國』(17)、『銀魂』(17・18)、『火花』(17)、『となりの怪物くん』、(18)、『生きてるだけで、愛。』(18)など。公開待機作に『アルキメデスの大戦』(19/7月26日公開)がある。

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仲野太賀

スギオ仲野太賀

PROFILE
仲野太賀スギオ

1993年2月7日生まれ。東京都出身。2006年に俳優デビュー。『桐島、部活やめるってよ』 (12)、『私の男』(14)、『あん』(15)などの話題作に相次いで起用され、16年のTVドラマ「ゆとりですがなにか」(NTV)ではゆとりモンスター山岸を演じ注目を浴びる。また、深田晃司監督作品の常連で、『ほとりの朔子』(14)、『淵に立つ』(17)、『海を駆ける』 (18)に出演。近年の主な映画出演作は『アズミ・ハルコは行方不明』(16)、『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』(16)、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(16)、『南瓜とマヨネーズ』(17)、『ポンチョに夜明けの風はらませて』(17)、『来る』(18)、『母さんがどんなに嫌いでも』(18)、『きばいやんせ、私!』(19)、『町田くんの世界』(19)など。

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奥野瑛太

吉岡奥野瑛太

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奥野瑛太吉岡

1986年2月10日生まれ、北海道出身。日本大学芸術学部映画学科に在学中からインディペンデント映画に出演。08年、入江悠監督『SR サイタマノラッパー』(08)に出演し、シリーズ3作目『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(12)で映画初主演を務めた。近年の主な映画出演作は、『世界から猫が消えたなら』(16)、『キセキ -あの日のソビト-』(17)、『3月のライオン 前編・後編』(17)、『友罪』(18)、『泣き虫しょったんの奇跡』(18)など。公開待機作に『アルキメデスの大戦』(19/7月26日公開)、第69回ベルリン映画祭パノラマ部門出品作品『37 SECONDS』(20年公開予定)がある。

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豊田エリー

恵子(タロウの母)豊田エリー

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豊田エリー恵子(タロウの母)

1989年1月14日生まれ、東京都出身。テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。2006年、『陽気なギャングが地球を回す』で映画デビュー。その他の映画出演作は、『銀色のシーズン』(08)、『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』(08)がある。

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植田紗々

洋子植田紗々

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植田紗々洋子

1996年9月12日生まれ、東京都出身。CM、PV、舞台など女優として幅広く活躍。17年、映画『Please Please Please』で女優デビュー。映画出演作は『ママレード・ボーイ』(18)、大森立嗣監督『日日是好日』(18)、沖縄国際映画祭で上映された『海まで何マイル』(19)がある。本作の洋子役はオーディションにて選出された。

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國村隼

小田國村隼

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國村隼小田

1955年11月16日生まれ、大阪府出身。97年に『萌の朱雀』で映画初主演。以降、国内外の数多くの作品に出演。クエンティン・タランティーノ監督『キル・ビルvol.1』(03)、ジョン・ウー監督『マンハント』(18)など海外の作品にも出演、ナ・ホンジン監督『哭声/コクソン』(17)で第37回青龍映画賞の男優助演賞と人気スタ-賞の2冠を獲得。主な映画出演作は『アウトレイジ』(10)、『地獄でなぜ悪い』(13)、『渇き。』(14)、『天空の蜂』(15)、『シン・ゴジラ』(16)、『海賊とよばれた男』(16)、『忍びの国』(17)、『パンク侍、斬られて候』(18)、『泣き虫しょったんの奇跡』(18)、『かぞくいろ』(18)など。公開待機作に『アルキメデスの大戦』(19/7月26日公開)がある。

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監督・脚本・編集 大森立嗣

監督・脚本・編集大森立嗣

1970年、東京都出身。大学時代に入った映画サークルがきっかけで自主映画を作り始め、卒業後は俳優として活動しながら荒井晴彦、阪本順治、井筒和幸らの現場に助監督として参加。2001年、プロデュースと出演を兼ねた奥原浩志監督作「波」が第31回ロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞“NETPAC AWARD”を受賞。その後、荒戸源次郎に師事し、「赤目四十八瀧心中未遂」(03)の参加を経て、2005年「ゲルマニウムの夜」で監督デビュー。第59回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門、第18回東京国際映画祭コンペティション部門など多くの映画祭に正式出品され、国内外で高い評価を受ける。二作目となる「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」(10)では第60回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式招待作品に選ばれ、2010年度の日本映画監督協会新人賞を受賞。13年に公開された「さよなら渓谷」(13)では第35回モスクワ国際映画祭コンペティション部門にて日本映画として48年ぶりとなる審査員特別賞を受賞するという快挙を成し遂げる。さらには、「さよなら渓谷」「ぼっちゃん」(13)で第56回ブルーリボン賞監督賞も受賞。また「日日是好日」(18)では、第43回報知映画賞監督賞を受賞する。その他の監督作として「まほろ駅前多田便利軒」(11)、「まほろ駅前狂騒曲」(14)、「セトウツミ」(16)、「光」(17)、「母を亡くした時、 僕は遺骨を食べたいと思った。」(18)がある。

フィルモグラフィー

  • 『ゲルマニウムの夜』(2005)
  • 『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010)
  • 『まほろ駅前多田便利軒』(2011)
  • 『ぼっちゃん』(2013)
  • 『さよなら渓谷』(2013)
  • 『まほろ駅前狂騒曲』(2014)
  • 『セトウツミ』(2016)
  • 『光』(2017)
  • 『日日是好日』(2018)
  • 『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(2019)

音楽大友良英

1959生。映画やテレビの音楽を作りつつ、ノイズや即興の現場がホームの音楽家。震災後は故郷福島での活動で2012年芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞。最近の主な作品に「俳優 亀岡拓次」(16/横浜聡子監督)、「月と雷」(17/安藤尋監督)、「返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す」(18/柳川強監督)、 2019年NHK大河ドラマ「いだてん」など。大森監督とのコラボレーションは「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」 (10)「ぼっちゃん」(13)、「母を亡くした時、 僕は遺骨を食べたいと思った。」(18)に続いて4作目である。